呪詛の勉強を進めているんだ。

呪術は奥が深いですね。
呪詛の大辞典を手に入れ、勉強を始めました。

呪詛は、単なるオカルトと断じることもできますが、実際にやり始めると、その効果の大きさに自分でも怖くなります。

呪術の基本は、人の心にどう作用するか、ということに尽きます。生命とは、単に物質が順序正しく並んでいるだけの構造体に宿っているわけではなく、物質とは別の存在だと感じます。
例えば、生きている人が目の前で死んでも、物質としての構造に変化があるわけではない。
生命という原動力がなくなり、物質の動きが完全に止まった状態が「死」なのです。
逆に、物質に何かが宿った時に「生きている」という状態になります。

呪詛は生命なり

呪詛は、その「命」を使う手法ですね。
命ある人はみんな、呪詛が使えます。ただ、自由自在に行うには、それなりの手法が必要です。日本の長い歴史の中で、神道にも密教にも禅宗にも日蓮宗にも、土着の信仰にも、皆、呪詛があります。
言い換えれば、呪詛は息をするのと同じように、当たり前の生活の一部でした。
例えば、怒りを露わにするのも、もっとも基本的な呪詛です。怒りという呪詛が、相手を萎縮させ、やりたくないこともやらせることができます。
多くの場合には、言葉が呪詛になりますが、視線や手の動きも呪詛です。
そういった呪詛は、大昔から政治の中枢にまで活用されてきました。
今の世の中を見ても、政治を理屈で推し進められないし、科学で割り切ることもできない。
そう言った人間の欲が渦巻く世界では、今でも呪詛が非常によく働きます。

呪詛を使え

さて、ここで呪詛を使ってみましょう。
「鬼に星」
ウイルス退散です。

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